形状記憶合金協会設立の経緯および現状と課題

清水 謙一

本協会は1993年に設立されて筆者はその初代会長となり、12年間務めて本年3月でその会長職を退くことになった。この機会に新しい会員の方にも本協会設立の経緯と現状を知って頂いて協会の発展に尽力頂きたいと思い、表題について筆を執ることにした。
1963年に米国海軍の武器研究所でTi-Ni形状記憶合金が見い出され、直ちに米国、オランダから応用利用法に関して幾つかの特許申請が出されたが、実用化には至らなかった。
 しかし、1970年頃になって米国レイケム社がTi-Ni形状記憶合金のパイプ継ぎ手を商品化し、F-14戦闘機の油圧管として実用化するなど、Ti-Ni形状記憶合金が大量生産されるに至った。この頃、日本の大塚(筑波大学名誉教授、本会正会員)と筆者は形状記憶効果の発現機構を解明して形状記憶合金の具備すべき条件を明確にしたので、Ti-Ni合金以外に銅合金などの多くの形状記憶合金も見い出されるようになった。1975年にカナダのトロントで1回目の形状記憶合金国際シンポジウムが開催され、1980年代初期にTi-Ni形状記憶合金の製造および利用特許が失効するに及んで、材料および応用利用法の開発は世界的な規模で活発になった。日本においても、下記するような二つの民間組織(一つは半官)が結成され、やがてそれらが統合する形で「形状記憶合金協会」が設立されて、形状記憶合金の基礎および応用に関して活発な調査・研究活動が実施され、多大の成果が得られてきた。

(1)大阪科学技術センター、「形状記憶合金用途開発委員会」および「形状記憶合金部会」

形状記憶合金に関する1960-1970年代の上記のような開発状況のなかで、新素材ブームの到来もあって、1982年に大阪科学技術センター内に「形状記憶合金用途開発委員会」(委員長・村上陽太郎京都大学名誉教授)が設置され、産官学が連携して形状記憶合金開発の現状、特性の評価法、用途開発の現状、さらには合金開発や用途開発における課題ならびにそれらの開発の推進体制を調査研究することになった。その結果、形状記憶合金に関する用語の学術および技術分野における統一およびマルテンサイト変態温度の測定法の統一がまず必要であろうとの結論に達した。
それから暫くした頃、他の多くの新素材も含めて、それらの用途拡大を推進するためには、新素材の特性の試験・評価方法の標準化がまず必要であろうとの趣旨で、通産省工業技術院の委託を受けて、標準化のための調査研究を実施すべく、大阪科学技術センター内にニューマテリアル・センター(センター長:村上陽太郎京都大学名誉教授)が、その中に「石油代替電源用新素材の試験・評価方法の標準化に関する調査研究委員会」(委員長:田中良平東京工業大学名誉教授)が、さらにはその下部組織として「形状記憶合金部会」(部会長:筆者)が設置された。そのため、先に活動を続けていた「形状記憶合金用途開発委員会」は発展的に解散し、「形状記憶合金部会」がその任務を引き継ぐとともに、試験・評価方法標準化のための調査研究を発展させることになった。
この「形状記憶合金部会」での調査研究は6年間に亘って実施され、6項目の試験・評価方法を標準化した。それらは、JIS H7001、JIS H7101、JIS H7003、JIS H7004、JIS H7005、JIS H7006として、日本工業標準調査委員会の審議を経てJIS規格化された。最初の2項目は「形状記憶合金用途開発委員会」における調査研究をもとに、後の4項目は「形状記憶合金部会」における調査研究をもとに作成したもので、1992年までの計11年間に亘るこれらの調査研究は形状記憶合金の試験・評価方法の標準化だけでなく、応用利用法についても関心を集めて、その開発研究は以前にもまして著しく活性化した。

(2)「形状記憶合金技術研究組合」

一方、民間企業でも形状記憶合金を工業的応用の対象として、材料と応用利用法の開発に積極的に取り組んだ。1983年、通産省の産業活性化技術研究開発補助制度にもとずいて補助金を受け、形状記憶合金の製造企業6社(アイウエオ順:住友特殊金属、大同特殊鋼、東北金属工業、同和鉱業、古河電気工業、三菱金属)が「形状記憶合金技術研究組合」を結成して、形状記憶合金の研究開発を推進した。
この頃から、多くの分野の産業界においても形状記憶合金の用途開発を志向する気運が高まり、コイルばねの製作を始めとする形状記憶合金素材あるいは素子の製作および設計技術が著しく進歩するとともに、それらの製作・設計技術をもとにエアコンの風向き調整用フラップ、コーヒーメーカーの沸騰感知器、炊飯器の圧力調節器、浄水器の温水感知器などに利用され、それらは次々に商品として実用化された。
「形状記憶合金技術研究組合」は1986年まで通産省の補助事業のもとで、その後は1993年まで独自に、上述のような形状記憶合金の製造技術と材料および用途の開発に関して活動を続けて多くの成果を挙げるとともに、日本における形状記憶合金技術の基礎を構築した。このようにして組合は所期の目的を果たすことができたので、1993年5月に解散した。この10年間に亘る活動のうち、6社の中の4社は、前記大阪科学技術センターの「形状記憶合金用途開発委員会」および「形状記憶合金部会」の有力なメンバーとしても参画し、JIS規格化などに多大の貢献をした。

(3)「形状記憶合金協会」

上述してきたように、大阪科学技術センターの「形状記憶合金部会」は1992年に、「形状記憶合金技術研究組合」は1993年に、それぞれの初期の目的を果たして解散した。しかし、国内は勿論のこと世界的規模で高まった形状記憶合金の材料および応用利用法の開発意欲を維持するためには、官製でなくても何らかの研究グループを存続あるいは新設する必要があるという関係者の希望もあって、従来の「形状記憶合金部会」と「形状記憶合金技術研究組合」との協力関係を踏まえた上で、「形状記憶合金技術研究組合」の活動を維持発展させるべく、(アイウエオ順で)加藤発條(現パイオラックス、パイオラックスメディカルデバイス)、相互発條、大同特殊鋼、トーキン、古河電気工業、三菱マテリアルの6社の形状記憶合金関連の研究者が発起人になって、新ためて1993年10月に「形状記憶合金協会」を設立することにした。設立に際して本協会を形状記憶合金の応用開発に携る研究団体として位置ずけ、素材メーカー、ばね加工業および合金の応用利用に従事する企業をまず対象としたが、翌年には合金を研究あるいは応用利用しようと考える企業および個人にまで会員の層を拡大することにし、少しずつ会員数は増加して現在に至っている。
本協会の目的は形状記憶合金に関する科学技術の進歩発展を計り、工業の発展に寄与することである。この目的を達成するために以下の事業、すなわち、

  1. 調査、研究およびそれらの受託、
  2. 講演会、研究会などの開催、
  3. 会誌その他の刊行、
  4. 内外の関連学協会との連携ならびに協力、
  5. 上記各号の他、本協会の目的達成に必要な事業、
を行うこととした。1993年の設立以来、上記の事業計画にしたがって、講習会の実施、News Letterの発行、公開特許や実用新案の抄録集の刊行、幾つかの国際会議への財政的な協力、中国との2国間シンポジウムの開催などを実施してきた。その他、大阪科学技術センターの依頼を受けてTi-Ni形状記憶合金線材のJIS規格化にも協会として協力した。最近になって、バブルが弾けた後の経済不況の煽りを食らって、事業の縮小を余儀なくされることもあったが、着実な活動を展開している。

(4)今後の課題

以上、「形状記憶合金協会」の設立趣旨と経緯ならびに活動の現状を簡単に紹介してきたが、本協会は設立後10年そこそこで、維持会員も個人会員もそれほど多くない若くて小さい団体である。しかし、筆者の個人的な希望を述べさせて貰えるならば、本協会が形状記憶合金に関する科学技術の進歩発展を計り、内外の工業の発展に寄与すると言う遠大な理想を達成するには、通産省あるいは厚労省などの公的機関から財政的な援助を得て研究開発あるいは普及啓蒙活動のための財政基盤を確実にし、もっと多くの会員数を確保することが必要なように思われる。とは言っても、協会設立の原点は数社の企業の「組合的」結合であるから、あまり大所帯になって鳥合の衆になっても収拾が付かなくなるだろう。一度議論をすべき課題のように思われる。いずれにしても、会員のすべてが本協会の初期の理念あるいは目的を再確認して、本協会の育成に尽力して頂きたいと願っている。

出典 形状記憶合金協会 NEWS LETTER 2006年6月 No.54